近世、僧服や軍服を掛ける道具があったといわれます。ですが、私たちが現在使っているハンガーの直接的な原型は、19世紀に広まったと考えるのが妥当でしょう。せいぜい200年ほどの歴史です。理由は、それ以前に作られたと思われるものが残っていないからです。古い絵画を探してもハンガーが描かれているものは見あたりません。
意外に思うかもしれませんが、それよりも前の時代にはハンガーの必要がなかったようなのです。18世紀以前の貴族の豪奢なドレスは、パーツに分けて、畳んで保管することができました。一方、庶民は多くの衣服を持っていません。
18世紀の後期から各地で勃発する市民革命によりブルジョワジーが台頭します。また、産業革命により工業化が加速し、資本主義経済が確立します。社会が大きく変貌を遂げる中で、人々の生活も著しく変化します。衣料品も19世紀半ばには既製服や古着が市場に流通しはじめます。その結果、上流階級ばかりでなく、多くの人々の衣生活も次第に豊かになりました。所有する衣服の数が増えればしまっておく工夫が必要となり、狭い場所に効率よく収納するためのハンガーが日常的な道具として普及していったのではないかと想像することができます。ごく初期のハンガーには、丸みをつけた形の平たい木板に金具をつけた簡単なものが多く見られます。立体的構造をもつ洋服には必ずしも優しくありません。このことからも衣服の “保守”のためではなく、住空間への “収納”に重きが置かれていたことが推測できます。